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海印寺

海印寺   海印寺は、新羅時代の哀莊王3年(802年)10月に僧侶である順應と利貞によって創建されました。海印寺についての総合的な文献として、『伽倻山海印寺古籍』というものがありますが、これには海印寺の緣起や失火、そして改築の歴史、大藏経の印経についての後書き、事蹟記などが書かれており、海印寺についての様々な事蹟や文献が集められており、朝鮮時代(高宗11年,1874)に板刻されたものです。特にこの『伽倻山海印寺古籍』には、高麗時代(太祖26年)に書かれた同名書『伽倻山海印寺古籍』というものと、崔致遠によって書かれた『新羅伽倻山海印寺善安柱
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院壁記』と共に海印寺の創建についての詳細が記録されております。海印寺は、民族の信仰の結集でもある八万大藏経を奉っていて、韓国人の精神的な帰依所であると共に、知恵の明かりの役割もしてきました。

韓国の仏教には仏、法、僧の三つの宝物を持つ三宝寺と呼ばれる寺がありますが、それは通度寺、海印寺、松広寺のことです。通度寺は仏の眞身舍利と袈娑を奉安していることから佛宝寺と呼ばれており、海印寺は仏の教えである「法」を八万大藏経に納めているから法宝寺と呼ばれ、松広寺は、多くの国師(高麗時代の末期、徳の高い僧侶に与えた最高の僧職)を輩出したことから僧宝寺と呼ばれるようになったのです。海印寺の藏経閣には八万大藏経が保管されており、16個の庵と75個の末寺を持つ大韓佛敎曹溪宗第12教区の本山で、大寂光殿および、僧伽大学が設けられています。 

陜川伽倻山の南側にある海印寺は、新羅時代に作られた華嚴十刹の一つで、韓国華嚴宗の根本をなす寺です。華嚴宗の根本経典である華嚴経は、約4世紀に中央アジアで成立した大乗経典の最高峰で、本来は大方広佛華嚴經と呼ばれ、東洋文化の精粋だと言われてきました。華嚴経には「海印三昧」という文句がありますが、海印寺という名称はこの「海印三昧」から引用したのです。「海印三昧」は「波の動き一つもない海に万物の形象がそのまま映る如く、煩惱が消えた心には万物の道理がそのまま現われる」という意味です。 海印寺


海印寺は韓国仏教の聖地でありながら、世界文化遺産及び国宝、宝物など約70点の遺物も散在しています。最近では仏教博物館が開館し、文化遺産の観覧ができるようになりました。海印寺は韓国最大の寺で、名山の伽倻山を背景に前方には梅花山があり、その雄壮な姿と周辺の景観は、見る人の心が奪われるほどきれいです。特に伽倻山国立公園から海印寺入口まで4kmにわたる紅流洞溪谷は、秋の紅葉が溪流に映って紅く燃えているかのように見えるので、紅流洞といわれています。


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