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セミゴル陶窯址

セミゴル陶窯址  

河東郡辰橋面から国道に沿って河東側に4キロほど離れたところに白蓮里サギ村があります。その村の裏山の海抜30〜40メートルの傾斜面がセミゴル陶窯址ですが、四つの窯址のうち一つは統一新羅時代の陶器窯址であり、三つは朝鮮時代の釜です。

古代からこの地方の土(高嶺土)が陶磁器を造るのに適していることから、伽倻の陶器文化が燦爛と花開いた6世紀〜9世紀に土器を焼く陶窯址として栄えました。高麗時代には高麗青磁を焼き、朝鮮時代には晋州に

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属した陶器所として白磁が生産されておりましたが、15世紀末に廃止されたと伝えられています。陶窯址の1号窯は村の中にあり、平鉢、皿、馬上杯などの器が出土しました。灰色または暗灰色に砂などが混じった粗っぽいものがほとんどですが、山清郡丹城面雲里で出土したもののように、良質の土を使って製作したものもあります。

釉薬の発色はほとんど暗灰色ですが、黄色を帯びたものもあり、酸化塩で変質し褐色を帯びたものもあります。皿の場合、糸底が低いものが殆んどですが、良質の土でこねた「雲里」系の皿は糸底が高い竹節底です。他の種類の糸底は殆んど高く梯の形をしており、砂質耐火土で作ったもの四つをつけてから焼きます。

馬上杯は「雲里」系の土でこねて、糸底の下に耐火土でこねたものをつけてから焼きます。発色は暗いですが、微細な永裂があります。1号窯の器はほとんど土に不純物が多く、削った糸底の縁が粗っぽく釉薬が集まって梅の皮のようになったものがありますが、糸底の上の部分をほぼ水平にえぐり、糸底の周辺をすらりと力強く処理したものもあります。2号窯は1号窯の向かい側の北側約セミゴル陶窯址200メートル地点にあり、平鉢、皿、かめなどの器が出土しました。1号窯とは違い、「梅の皮」のようになったものはあまりなく、器も鉢型よりは平鉢型が多く、1号窯にはないえぐった糸底もあります。土が粗っぽく発色が暗灰青色であるものと、「雲里」系の白いものがありますが、土に鉄分が含有されているので紅茶の色のようなものが多く、糸底が高く大きく、糸底は梯形で砂質耐火土でこねたものを五つつけて焼きました。白蓮里陶窯址は16世紀の末か17世紀の初めのものと推定され、これは昌原頭洞里窯址とともに、文禄・慶長の役の際、陶工たちを拉致して生産させた井戶茶碗の起源を明らかにするもので、韓日陶磁史を研究する上で重要な遺跡の一つとなっています。

1985年にあった調査を通して陶窯址の性格がある程度明らかになり、白蓮里陶窯址が日本の井戸茶碗の起源であることも明らかになりました。

白蓮陶窯址は日本が国宝としている井戸茶碗の本産地と推定される貴重な史跡地であり、ひとりの女性陶芸作家の強い意地で400年あまり前の砕けた磁器の破片がそのまま保存された意義あるところです。

ここで作られる陶磁器は簡潔な造形と淡黃色のやわらかい肌が特徴の、朝鮮時代粉靑磁器の脈を継ぐ陶窯です。400年前、当時の晋州の傘下の陶磁所の場所(慶尙南道の地方文化財)で、伝統的な方法で自然の釉薬を使って薪の火で器を焼いています。自然釉薬と1200度以上の熱い薪の火との出会いで作られる器は、ひとつひとつに模様や色彩、文様など細かい違いがあります。これが土と火と風の調和の中に神秘を産み出す伝統釜の特徴であり、現代式の釜との重要な違いです。この陶窯址(河東郡辰橋面白蓮里)は1974年12月28日に地方記念物に指定され、1984年から開発に拍車がかかったことで、伝統窯が再現されたのです。

セミゴル陶窯址と呼ばれる白蓮里サギ村は現在も窯業が盛んで、1994年に地域文化の伝統と脈を継ぐ示範文化村に指定されました。


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